【種別】商標権侵害差止請求事件
【訴訟番号】平成3(オ)1805 平成4年9月22日最高裁判所第三小法廷 裁判所
【事案】主 文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理 由
上告代理人山本忠雄、同秋友浩の上告理由について
一 原審の確定した事実関係は次のとおりである。
1 上告人は、昭和五八年一二月八日商標登録出願、同六一年四月二三日設定登録、指定
商品を第四類「せっけん類、歯みがき、化粧品、香料類」とする登録第一八五六八九九号の
商標権(以下「本件商標権」といい、その登録商標を「本件商標」という )を有している。 。
本件商標は 「大森林」の漢字を楷書体で横書きした文字から成る。 、
2 被上告人は、化粧品等の製造販売を業とするが、頭皮用育毛剤及びシャンプー(以下
「被上告人商品」という。)に、第一審判決別紙標章目録記載の各標章(以下「被上告人標章」
という )を付して販売し、また、広告宣伝に被上告人標章を付している。被上告人標章は、 。
「木林森」の漢字を行書体で縦書き又は横書きした文字から成る。
原審は、右事実関係の下において、被上告人標章は、外観、称呼及び観念のいずれにつ
いてみても本件商標に類似するものではなく、また、これらを総合して考察しても、被上告
人標章は本件商標に類似するものではないと認定判断し、被上告人標章が本件商標に類似す
ることを前提として被上告人商品の製造販売の差止め等を求める上告人の本訴請求を棄却し
た第一審判決に対する上告人の控訴を棄却した。
二 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次のとおりで
ある。
1 商標の類否は、同一又は類似の商品に使用された商標がその外観、観念、称呼等によ
って取引者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべきであり、しかもその
商品の取引の実情を明らかにし得る限り、その具体的な取引状況に基づいて判断すべきもの
であって(最高裁昭和三九年(行ツ)第一一〇号同四三年二月二七日第三小法廷判決・民集
二二巻二号三九九頁参照 、綿密に観察する限りでは外観、観念、称呼において個別的には類 )
似しない商標であっても、具体的な取引状況いかんによっては類似する場合があり、したが
って、外観、観念、称呼についての総合的な類似性の有無も、具体的な取引状況によって異
なってくる場合もあることに思いを致すべきである。
2 本件についてこれをみるのに、本件商標と被上告人標章とは、使用されている文字が
「森」と「林」の二つにおいて一致しており、一致していない「大」と「木」の字は、筆運
びによっては紛らわしくなるものであること、被上告人標章は意味を持たない造語にすぎな
いこと、そして、両者は、いずれも構成する文字からして増毛効果を連想させる樹木を想起
させるものであることからすると、全体的に観察し対比してみて、両者は少なくとも外観、
観念において紛らわしい関係にあることが明らかであり、取引の状況によっては、需要者が
両者を見誤る可能性は否定できず、ひいては両者が類似する関係にあるものと認める余地も
あるものといわなければならない。
3 原審は、観念による類否について説示するに当たり、本件商標及び被上告人標章が付
されている頭皮用育毛剤等の需要者は育毛、増毛を強く望む男性であるところ、かかる需要
者は当該商品に付された標章に深い関心を抱き、注意深く商品を選択するものと推認される
などとしているのであるが、必ずしも右のような需要者ばかりであるとは断定できないこと
は経験則に照らして明らかであるし、上告人は、本件商標権について通常使用権を許諾し、
通常使用権者は薬用頭皮用育毛料に本件商標を付してその関連会社に販売させていると主張
しているのであるから、この主張事実から現れる可能性のある商品の取引の状況も勘案した
上、本件商標と被上告人標章との類否判断がされなければならない。したがって、原審がし
た右の推認事実のみをもってしては、両者が類似しないとする理由として十分でないといわ
ざるを得ない。原審は、右のほかに、本件商標が使用される指定商品の想定可能な取引の状
況及び被上告人標章が使用された被上告人商品について現に行われている取引の状況を考慮
しても、両者は観念において類似するものと認めることはできないとしたのみであり、被上
告人商品が訪問販売によっているのかあるいは店頭販売によっているのか、後者であるとし
てその展示態様はいかなるものであるのかなどの取引の状況についての具体的な認定のない
ままに、本件商標と被上告人標章との間の類否を認定判断したものであって、原判決には、
判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用の誤りないしは理由不備の違法があると
いうべきである。
三 よって、右の点をいう論旨は理由があり、原判決は破棄を免れず、本件については、
更に審理を尽くさせるため原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全
員一致の意見で、主文のとおり判決する。
「巨峰」「KYOHO」は普通名称であるとして、商標権侵害が認められなかった事例
【種別】商標権侵害差止請求事件
【訴訟番号】平成13(ワ)9153 平成14年12月12日 大阪地方裁判所
【控訴審】平成15(ネ)76 平成15年6月26日 大阪高等裁判所
【事案】
本件は、後記の商標権を有する株式会社日本巨峰会から専用使用権の設定を受け、その登録を受けた原告が、被告による別紙標章目録1ないし3記載の標章を表示したぶどう出荷用包装資材の製造販売が専用使用権を侵害するとして、商標法36条1項、2項、37条6号又は7号に基づいて、
「被告は、別紙標章目録1ないし3記載の標章を表示したぶどう出荷用包装資材を製造し、販売してはならない。」「被告は、その所有するぶどう出荷用包装資材から前項記載の標章を抹消せよ。」として、
これらの標章を表示したぶどう出荷用包装資材の製造販売の差止め、被告の所有するぶどう出荷用包装資材からのこれらの標章の抹消を求め、これに対し、被告が、登録商標の「巨峰」の語は、ぶどうの一品種を表す普通名称であるなどと主張して争った事案である。
事案の概要
(1)当事者
原告は、貿易業、内地商事、包装資材の販売等を業とする資本金1億円の株式会社であり、被告は、紙の加工、紙及び紙加工品の販売等を業とする資本金4000万円の株式会社である。(当事者間に争いがない。)
(2)商標権等
株式会社日本巨峰会は、次の商標権(以下「本件商標権」といい、その登録商標を「本件登録商標」という。)を有し、原告は、次の専用使用権(以下「本件専用使用権」という。)を有している。(当事者間に争いがない。内容の詳細につき甲第1号証)
商標権
登録番号 第472182号
出願年月日 昭和29年11月6日
出願番号 昭29-26924
出願公告年月日 昭和30年6月27日
出願公告番号 昭30-9387
登録年月日 昭和30年10月27日
商品の区分 旧商標法施行規則(大正10年農商務省令第36号)第15条に定める商品類別による第47類
指定商品 葡萄、その種子、乾葡萄
登録商標 別紙登録商標目録1記載のとおり
専用使用権
範囲 期間 商標権の存続期間満了まで(平成17年10月27日まで)
内容 全部
登録年月日 平成9年10月6日

(3)被告標章の使用
被告は、別紙標章目録1ないし3記載の標章(以下、別紙標章目録1記載の標章を「被告標章1」、別紙標章目録2記載の標章を「被告標章2」、別紙標章目録3記載の標章を「被告標章3」といい、これらをまとめて「被告標章」という。)を表示したぶどう出荷用包装資材を製造販売している。(当事者間に争いがない。)



(4)事実経過
ア 開発経緯
民間のぶどう研究家であったAは、静岡に理農学研究所を設立し、独自の「栄養周期理論」に基づきぶどうの品種改良の研究を行っていたが、昭和17年、四倍体のぶどうの品種である石原早生とセンテニアルを交配し、果粒が大きく糖度が高い新品種(以下「本件品種」という。)を得た(当事者間に争いがない。)。しかし、当時は戦争中であり、ぶどうの栽培技術の開発は困難であった(甲第10、第11号証)。
Aの「栄養周期理論」の支持者は、昭和21年ごろから、本件品種の研究を開始し、その生理障害(花振い、単為結果、成熟不良、裂果、脱粒、ネムリ病、枝枯れ、凍霜害など)の改良に努力した。Aは、昭和27年3月、栄養価が高く、高品位、低コストな食品の生産などを目指す日本理農協会を設立したが、同年9月23日、死去した。(甲第10、第11号証)
その後、Bは、昭和28年6月1日付けで、本件品種につき、「巨峰」の名称で農産種苗法に基づく種苗名称登録の出願をしたが、昭和32年3月6日付けで、農林省振興局長から、登録をしない旨の通知を受けた(当事者間に争いがない。)。同通知には、登録されなかった理由として、大粒種で果実の品質はよいが花振いのひどいことが多く、かつ、果粒の着色不揃、脱粒し易く輸送力や店持ちが悪い等の欠点があることが記載されていた(乙第9号証)。
イ 本件登録商標の登録等の経緯
本件登録商標は、昭和29年11月6日、出願人をB及びCとして商標登録出願され、昭和30年10月27日、商標登録された。昭和31年2月、日本理農協会の関係団体として、「栄養周期理論」に基づき本件品種の栽培の指導、普及などを行う日本巨峰会が設立された(日本巨峰会は、その後有限会社となった。)。B及びCは、昭和42年9月20日、本件商標権を有限会社日本巨峰会に譲渡し、昭和43年2月7日、有限会社日本巨峰会(昭和55年5月7日、株式会社日本巨峰会に組織変更した。以下、組織変更の前後を通じ、「日本巨峰会」という。)を商標権者とする登録がされた。日本巨峰会は、日本理農協会を事実上主宰していった。(甲第1号証、第10、第11号証、第47号証、第50号証の2、弁論の全趣旨)
本件品種は、日本理農協会の会員などによって改良が重ねられ、その生理障害を防ぐ栽培技術も進歩し、昭和40年ごろから、高級ぶどうとして生産量が増え、いくつかの「巨峰」群品種(ピオーネ、オリンピア、紅富士、紅十和田など)も作られた。(甲第10、第11号証、弁論の全趣旨)
原告は、前記(2)のとおり、平成9年8月6日、日本巨峰会から本件専用使用権の設定を受け、同年10月6日、本件専用使用権の設定登録がされた。
ウ 連合商標の登録の経緯
日本巨峰会は、昭和50年10月17日、本件登録商標及び商標登録第782084号の連合商標として、商品の区分を、平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令第1条別表に定める商品区分第32類とし、指定商品を、「加工食料品その他本類に属する商品(但し葡萄、その種子、乾葡萄を除く)」として、「巨峰」の文字を横書きにした商標の登録を出願した。特許庁審査官は、昭和53年7月25日付けで、拒絶理由通知を行った。その理由は、「本願商標は葡萄の一品種名の『巨峰』の文字を書してなるため、これを指定商品中の果実、加工果実について使用するときは、恰かも該商品が巨峰葡萄もしくは巨峰葡萄の加工食料品であるかの如く、商品の品質について誤認を生ずるおそれのあるものと認める。したがって、この商標登録出願に係る商標は、商標法第4条第1項16号の規定に該当する。」というものであった。日本巨峰会は、指定商品を、「加工食料品、その他本類に属する商品(但し、果実、加工果実を除く)」と補正した。そうすることにより、昭和55年8月28日、商標登録第782084号の連合商標として、登録番号を第1431104号とする商標登録がされた。(乙第10号証の1ないし3、弁論の全趣旨)

エ 日本巨峰会と被告の関係
(ア)被告は、昭和38年11月14日設立され、設立当初から、本件品種のぶどうの出荷用の包装資材を製造し、これを日本理農協会の会員であるぶどうの生産者に販売していた。被告と日本巨峰会は、昭和42年10月ごろ、被告が、本件登録商標の使用料を日本理農協会の会員から徴収する業務を受託する旨の契約を締結した。(被告設立の日付、契約時期は、弁論の全趣旨により認められ、その余の事実は、当事者間に争いがない。)
実は、当事者間に争いがない。)
(イ)日本巨峰会は、昭和46年2月1日、株式会社服部紙店及び被告との間で、本件商標権の行使について、次のような約定の契約(以下「昭和46年契約」という。)を締結した(「甲」は、日本巨峰会を指し、「乙」は、株式会社服部紙店及び被告を指す。)。(甲第42号証)
「第1条 甲は甲が所有する登録商標第472182号(指定商品第32類、葡萄、その種子、乾葡萄)の使用を第三者に許諾した場合、商標法第37条第2号に基くところの巨峰容器の製造販売の権限については、乙のみに許諾する。」
(中略)
裁判所の判断
以上によれば、Z被告標章は、本件登録商標の指定商品である「葡萄」に当たる本件品種のぶどうを表す普通名称を、普通に用いられる方法で表示したもの商標法26条1項2号により、
よって、原告の本訴請求は、いずれも理由がないから棄却する。

理由
1 争点1(標章の類似性)について
本件登録商標は、別紙登録商標目録1記載のとおりであり、漢字の「巨峰」の文字を縦書きにしてなるものである。そして、本件登録商標からは、「キョホウ」の称呼を生じ、かつ、「目だって大きく高いみね(峰)」との観念も生じるといえる(甲第29号証の2参照。なお、「巨峰」の標章から著名なぶどうの名称(品種名か商品名かは別として)を想起することも明らかであるが、この点は争点2に関係することでもあり、原告の主張しないところであるから、被告標章との類似性の判断に当たり考慮しないこととする。)。これに対し、被告標章1及び2は、それぞれ字体は異なる(被告標章1は筆太の毛筆体、同2はゴシック体)ものの、漢字の「巨峰」の文字を横書きしてなるものであり、「キョホウ」の称呼及び「目だって大きく高いみね」との観念を生じる。また、被告標章3は、ゴチック体のローマ字の「KYOHO」の文字を横書きしてなるものであり、「キョホウ」の称呼を生じる。そうすると、少なくとも、本件登録商標は、被告標章1及び2とは外観、称呼及び観念において同一ないし類似であり、被告標章3とは称呼において一致することが明らかであるから、被告標章1ないし3は、いずれも本件登録商標と類似するものというべきである。
2 争点2(「巨峰」という語の普通名称化の有無)について
被告は、本件登録商標に係る「巨峰」の語が、ぶどう一品種を表す普通名称であると主張するので、以下検討する。
(中略)
(7)普通名称化の有無
前記の基礎となる事実(前記第2、2(1)ないし(4))と上記(1)ないし(6)の認定事実に基づき、「巨峰」という語が、ぶどうの一品種である本件品種のぶどうを表す普通名称(商標法26条1項2号)に当たるかについて検討する。
ア(ア)前記(1)ア(ア)ないし(ト)、イ(ア)ないし(キ)のとおり、多くの書籍、統計、新聞の市場欄等において、「巨峰」という語が、ぶどうの一品種を表す名称として用いられている。これらの書籍類の中には、ぶどうや果樹、くだものに関する解説書、食品関係の書籍のほか、一般に広く使われている国語辞典、事典、図鑑類等も多く含まれている。これに対し、「巨峰」が登録商標であることを記載した書籍等としては、日本巨峰会発行の「巨峰ブドウの開発,研究の歴史的事実」(甲第10号証。なお、同書の発行年月日は明らかでないが、同書10ないし12頁の「巨峰ブドウ(石原センテ)の歴史-年表」の欄の記載は昭和44年までの記述にとどまっている。)と日本巨峰会の代表者であるCの著作に係る「巨峰ブドウ栽培の新技術」(発行所・株式会社博友社、昭和48年1月25日第3刷発行。甲第11号証)の存在が認められ、前記(1)イ(ウ)の平成10年東京都中央卸売市場青果物流通年報(果実編)の統計表の「品目 巨峰」に「®」の表示が付記されているのが認められるのみである。また、前記(1)ウのとおり、青果卸売市場の取引業者が用いる売買仕切書においても、「巨峰」、「キョホウ」の表示が、ぶどうの一品種を表す名称として用いられている。
これらの事実からすると、「巨峰」の語は、長年の間、ぶどうの一品種を表す名称として、一般消費者のほか、ぶどうの取引関係者も含む国民の間で広く認識され、使用されてきたものということができる。
(イ)原告は、本件品種を表す普通名称は「石原センテ」である旨主張する(前記第3、2(2)ア(エ))。
(中略)
しかし、本件品種を表す語として「石原センテ」という名称が見られるのは、日本巨峰会の作成した「巨峰ブドウの開発,研究の歴史的事実」(甲第10号証)、日本巨峰会及び原告が平成11年ごろ作成したちらし(甲第20号証、前記(5)ウ)、日本巨峰会及び原告が出版社等に対して行った申入れ(前記(2))中の記載と、「新編日本食品事典」(甲第33号証の2)の「果実類」の執筆担当者が、日本巨峰会及び原告の申入れ(前記(2)ケ)を受け、「新編日本食品事典」の第2版に品種名として「石原センテ」と記載する旨述べている(甲第33号証の4)ところがあるだけである。日本巨峰会の代表者であるCの著作に係る「巨峰ブドウ栽培の新技術」(甲第11号証)においてさえ、「巨峰ブドウの果実は、商標登録第472182号を受けている。」(30頁)という記載がある一方、「石原センテ」という名称は記載されておらず、本件品種を表すために「巨峰ブドウ」という名称を用いている。
以上の事実によれば、「石原センテ」という名称は、日本巨峰会又はその関係者によって使用されることがあるにすぎず、一般には知られておらず、本件品種を表す名称としては、一般には、「巨峰」という名称が専ら用いられてきたものと認められる。
(ウ)前記(1)エの昭和63年3月21日付けの日本農業新聞に記載されているように、当時の系統農協は、「巨峰」という名称を普通に用いられる方法、例えば出荷容器に品種名として普通に表示することについては、本件商標権の効力は及ばないという考え方に立っていたものと解される。
イ(ア)日本巨峰会、原告は、「巨峰」という語をぶどうの一品種を表す普通名称として用いている書籍等について、前記(2)アないしチのとおり訂正等を申し入れた。このうち、1件(アの株式会社養賢堂に対するもの)は昭和60年にされているが、他はいずれも平成10年、11年に行われている。これらの申入れは、普通名称化を防ぐための行為であると認められ、これに対しては、前記(2)のとおり、訂正する旨の回答もあったが、回答がないものもあるし、訂正の意思のない旨の回答もあった。
(中略)
(カ)本件登録商標は昭和30年10月27日に登録され、昭和40年ごろから、高級ぶどうとして本件品種の生産量が増え、いくつかの「巨峰」群品種も作られてきた(前記第2、2(4)イ)ことから、本件品種のぶどうは、昭和40年代から、一般消費者、ぶどう生産者、青果卸売業者など需要者の間で流通していたものと認められる。そして、前記ア(イ)のとおり、本件品種を表す名称としては「巨峰」という語しか知られていなかったことからすると、z,b>「巨峰」という語は、昭和40年代以降、長期間にわたって、本件品種のぶどうを表す名称として、需要者の間で広く使用されてきたものと認められる。
他方、日本巨峰会又は原告が「巨峰」という語が普通名称として使用されるのを防ぐために採った措置としては、昭和44年に長野地裁事件(前記第2、2(4)オ(イ))、昭和47年に東京地裁昭和47年事件(前記第2、2(4)オ(ウ))の訴えを提起したこと、前記(2)ア(イ)の申入れを昭和60年に、同イ(イ)の申入れを平成10年3月に、同ウないしタの各(イ)の申入れを平成10年6月に、同チの申入れを平成11年に行ったこと、前記(4)イの文書送付を平成9年12月ごろ、同ウの文書送付を平成11年8月に行ったこと、前記(5)アの広告を平成10年5月、同イの広告を平成11年9月、同ウの広告を平成11年ごろ行ったこと、前記(6)の契約の締結を平成10年ないし平成14年に行ったことが認められる。しかるに、これらの措置には、前記(ア)、(ウ)、(エ)、(オ)のような問題がある上、このような普通名称化を防ぐための措置は、平成10年ごろからは比較的頻繁に採られるようになったが、昭和40年から平成10年ごろまでの約30年の間においては、ほとんど採られていなかったといわざるを得ない。
そうすると、平成10年ごろから普通名称化を防ぐための措置が頻繁に採られるようになり、前記(2)のとおり、日本巨峰会又は原告の申入れに応じて、一部の書籍等について「巨峰」が商標である旨が記載されるに至ったとしても、それによって、約30年に及ぶ長期間にわたってぶどうの一品種を表す名称として広く用いられてきた「巨峰」という語について、現時点で、需要者に、商標としての認識をもたらすことができたとは認められない。
ウ (ア)被告は、日本巨峰会と、昭和46年契約(前記第2、2(4)エ(イ))、昭和52年基本契約(前記第2、2(4)エ(ウ))、昭和52年付随契約(前記第2、2(4)エ(エ))、平成4年契約(前記第2、2(4)エ(カ))を締結し、前記第2、2(4)エ(キ)のように、徴収した使用料を日本巨峰会に支払っていた。このような契約関係は、本件登録商標が有効であり、その使用について使用料を支払うべきことを前提としているものといえる。しかし、昭和46年契約(前記第2、2(4)エ(イ))の第2条、昭和52年基本契約(前記第2、2(4)エ(ウ))の第3条に記載されているように、これらの契約は、被告が、日本巨峰会に代わって、包装資材の購買者であるぶどう生産者から本件登録商標の使用料を徴収し、それを日本巨峰会に支払うことを前提とするものであり、被告自身が日本巨峰会に使用料を支払うことを内容とするものではなかった。また、前記第2、2(4)エ(ク)のとおり、平成9年11月4日より後は、被告と日本巨峰会の間に契約関係はない。このようなことからすると、過去において、上記のような契約関係にあったとしても、その故に被告が商標法26条1項2号により本件登録商標の効力が及ばない旨主張することが信義則に反するとはいえない。
(中略)
(イ)飯塚支部事件(第2、2(4)オ(ア))の判決には、「『巨峰』は、元来大粒ぶどうの一品種の商品名で、戦後日本で栽培されるようになり、おそくとも昭和三〇年代の後半頃にはその名称は一般に認識され、現在では全国的に生産販売されているものであることが認められる。」という判示部分が見られるが(甲第48号証)、この部分からは、同判決が、「巨峰」の名称をもって、ぶどうの一品種の名称と認定したのか、特定の業者の商品名と認定したのか必ずしも明らかではない。また、同判決は、第2、2(4)オ(ア)のとおり、段ボール箱に表示された「巨峰」、「KYOHO」の標章は、内容物たる巨峰ぶどうの表示であり、包装用容器たる段ボール箱についての標章の使用ではないというべきであるという理由により、仮処分の申立てを却下したものであり、「巨峰」の表示が普通名称であるかどうかについて判断したものではない。
(中略)
エ 以上によれば、一般消費者、ぶどう生産者、青果卸売業者などの需要者において、「巨峰」という語は、特定の業者の商品にのみ用いられるべき商標であるとは認識されておらず、ぶどうの一品種である本件品種のぶどうを表す一般的な名称として認識されているものと認められる。したがって、「巨峰」という語は、ぶどうの一品種である本件品種のぶどうを表す普通名称(商標法26条1項2号)に当たると認めるのが相当である。
3 争点3(「普通に用いられる方法」に当たるか)について
被告標章1は、漢字の「巨峰」の文字を毛筆体によって横書きに記載したもの、被告標章2は、漢字の「巨峰」の文字をゴシック体で横書きに記載したものであり、いずれも、その文字の形態や表記の態様に顕著な特徴があるとはいえず、本件品種のぶどうを表す「巨峰」という普通名称を、「普通に用いられる方法」で表示したものと認めるのが相当である。
被告標章3は、アルファベットの大文字で「KYOHO」という文字を横書きに記載したものであり、その文字の形態や表記の態様に顕著な特徴があるとはいえない。「KYOHO」という文字は、本件品種を表す「巨峰」という普通名称の称呼である「キョホウ」を、ローマ字により表記したものである。したがって、被告標章3も、本件品種のぶどうを表す「巨峰」という普通名称を、「普通に用いられる方法」で表示したものと認めるのが相当である。
「巨峰」「KYOHO」の文字を表示した段ボール箱が、内容物である葡萄の表示であり、包装用容器についての商標の使用ではないとして使用差止が認められなかった事例
【種別】商標権侵害の仮処分申請
【訴訟番号】昭和44(ヨ)41 昭和46年9月17日 福岡地方裁判所 飯塚支部 裁判所
【事案】
本件商標は、旧第18類「包装用容器」について商標「巨峰」を登録していた仮処分申請人が、「巨峰」、「KYOHO」等の文字を表示した段ボール箱を製造し販売していた被申請人(飯塚段ボール)に対し、商標の使用差止を求めて、「被申請人は別紙目録記載の物件を製造、販売又は販売のため展示してはならない」等の仮処分を申請した事例。
(注)下記文章中、「よつて」を「よって」、「あつて」を「あって」等に修正しています。
商標権者(申請人)の主張
1 申請人は、包装用容器(商品区分第一八類)について登録商標第七一四〇六六号、連合商標第七七五六八五号、同七七五六八六号、同七七五六八七号、同七七五六八八号の商標権(以下本件商標権という)を有している。尚各登録商標は、別紙図面第一の通りである。

2 申請人は、本件商標権を申請外福友産業株式会社並に同福岡製紙株式会社に対し、昭和四三年六月一日、範囲日本全国、期間は商標権の存続中、内容は指定商品全部の通常使用権を与え、右申請外両社は受注生産により「巨峰」の商標を使用した包装用容器を製造販売している。
3 被申請人は、昭和四四年六月頃より申請人の有する本件商標を使用した別紙目録記載の包装用容器を製造販売している。なお昭和四四年九月六日現在被申請人が有している製品数は約二、六〇〇個、半製品数は約三万個である。
4 申請人の本件商標権は商品区分の第一八類(包装用容器)に属するもので第三二類(果物)については何等関係はない。即ち、被申請人が、商品包装用容器を「巨峰」という標章を付して製作販売している事実が問題なのであり「巨峰」が商品「ぶどう」の品種名であると否とは関係がなく、前項記載の被申請人の行為は、申請人の有する本件商標権の侵害である。仮に「巨峰」なる標章が「ぶどう」の品種名であるとしても、別紙目録記載の物件に表示されている「巨峰」は普通に用いられている方法で表示した標章ではなく、商標の機能を示しているので、商標法二六条第一項二号の適用なく、前記被申請人の行為が本件商標権の侵害であることは明白である。
5 そこで申請人は被申請人に対し昭和四四年六月一六日及び同年七月一二日に前記3項記載のしたがこれに応じない。よって申請人は被申請人に対し商標法三六条によつて本件商標の使用差止請求の本案訴訟を提起せんとするものであるが、勝訴判決を得るためには相当期間を要し、あらかじめ保全処分をなし本件商標権侵害行為を禁止しない限り、申請人の蒙る損害の填補は事実上不可能となるおそれがあるので本申請に及ぶ。
被申請人の答弁・抗弁
二、被申請人の答弁
申請の理由第1項は認める。第2項は不知。第3項は、申請人の本件商標を使用したことは否認するが、その余の事実は認める。第4項は争う。第5項中、申請人主張のような催告のあったことは認めるが、その余は争う。

三、被申請人の抗弁
1 先使用による使用権。
被申請人は、申請人の本件商標出願前である昭和三八年五月以降「巨峰」「KYOHO」の標章を表示した段ボール箱を毎年製造販売して右標章を使用し、右標章が被申請人の業務にかかる商品(段ボール箱)を表示するものとして需要者間に広く認識されていた。よって被申請人は、商標法三二条により、右各標章を使用する権利を有する。
2 申請人の信義則違反ないし権利の濫用。
「巨峰」はぶどうの品種名であり、日本全国に渉って生産されている著名な品種である。そうしてその名称を表示した巨峰ぶどうの容器は申請人が登録出願前から、その意匠において若干の相違はあるが、全国的に使用されて来たもので、これを商標として登録を許し、特定の者の独占に委ねることは本来許されない性質のものである(商標法一条、二条一、二項、三条一項、四条一〇号、一五号参照)。従って、申請人がたまたま本件商標について登録を受けているとしても、巨峰ぶどうの生産者が用いる巨峰ぶどうの出荷用容器を被申請人が製造販売するのを許さないとすることは信義則に反し、権利の濫用である。
裁判所の判断
申請人の本件仮処分申請を却下する。
訴訟費用は申請人の負担とする
決定の理由
一、
申請人がその主張のような商標権を有することは当事者間に争がない。
そうして成立に争のない甲第二号証によれば、本件商標の形状は別紙図面第一のとおりである。又成立に争のない甲第一号証の一乃至五によれば、七一四〇六六号商標は、昭和四〇年三月二四日出願、同四一年七月二一日登録、その余の七七五六八五乃至七七五六八八号の連合商標は昭和四一年三月一〇日出願、同四三年三月二六日登録になったものであることが認められる。この認定に反する疎明はない。
二、申請人主張の頃から被申請人が、別紙目録記載の如き包装用容器を製造販売していることは当事者間に争がない。
次に成立に争いのない甲第八号証の一の一によれば、別紙目録記載の物件中A1が甲第八号証の二、A2が同号証の三、B1が同号証の四、B2が同号証の五にそれぞれ相当することが認められる。

そうして成立に争のない甲第八号証の一五、同号証の二〇及び前記甲第八号証の二乃至五によれば前記A1とA2を組立てて、別紙目録記載のA3ができ(以下A箱という)、前記B1とB2を組み立てて、別紙目録記載のB3ができ(以下B箱という)ることが認められる。
更に右各疎明資料によればA箱の形状は、茶の木目模様の地に紫で交差した二つの等大の円の中に「巨峰」とデザイン化した文字を入れたのと「HIGH GRAPE」とデザイン化した文字を入れたのと二種の図案が各数個印刷されていて、蓋の部分は中央上よりにぶどうの葉型の切抜きがある。また、B箱の形状は、白と緑の地に、赤で「巨峰」、黒で「KYOHO」、緑と白の地にまたがって白抜きと緑で「BEST GRAPE」とそれぞれデザイン化した文字及び緑の円の中にぶどうの原色写真版が印刷されていて、蓋の部分は中央上よりに紺の円の中にぶどうの葉型の打抜きがある。そうして右A箱、B箱共前示各文字特に「巨峰」「KYOHO」の文字は、一見してそれと判るような見易い位置に見易い形で大きく表示されており、ぶどうの葉型の打抜き窓からは内容物を見ることができるようになっている。その形状は別紙図面第二、第三のとおりである。
以上の通り認めることができ、この認定を左右するに足る疎明はない。

三、ところで、商標は、商品の出所を表示して営業者が自己の商品を他人の商品から区別する作用を有するものであり、営業者が自己の営業にかかる商品であることを表彰するためその商品について使用するものである。
本件についてこれをみるに、まず成立に争のない甲第一一、第一二、第一三号
証、証人【A】(第一回)、同【B】の各供述、右【B】証人の供述により成立を認め得る乙第二号証の一、二、証人【C】、同【D】の各供述を併せると、「巨峰」は、元来大粒ぶどうの一品種の商品名で、戦後日本で栽培されるようになり、おそくとも昭和三〇年代の後半頃にはその名称は一般に認識され、現在では全国的に生産販売されているものであることが認められる。
また、証人【E】(第一、二回)、同【F】、同【G】の各供述及び被申請人代表者本人の供述によれば、被申請人は、別紙目録記載のA・Bの各段ボール箱を、右ぶどう「巨峰」の生産者にその出荷用の包装用容器として販売するため製造しているものであって、本件各段ボール箱に前記認定の如く表示されている「巨峰」、「KYOHO」等の文字は、その内容物たるぶどう巨峰を表示する目的のもとに印刷したものであると認められる。即ち、これらの文字は、被申請人の取扱う商品たる段ボール箱(包装用容器)の出所を表示し、あるいはその出所の判定を混乱させる目的をもって表示されたものではないことが明らかである。
一般に包装用容器に標章を表示してその在中商品ではなく、包装用容器そのものの出所を示す場合には、その側面又は底面、表面であれば隅の方に小さく表示するなど、内容物の表示と混同されるおそれのないような形で表わすのが通例であって、包装用容器の見易い位置に見易い方法で表わされている標章は、内容物たる商品の商品名もしくはその商品の出所を示す標章と見られるもので、包装用容器そのものの出所を表わすものとは受けとられない、というのが今日の取引上の経験則というべきある。
しかして、先に認定したとおり本件においては、A箱、B箱共に見易い位置に見易い形状で「巨峰」又は「KYOHO」と印刷されており、更に、「BEST GRAPE」又は「HIGH GRAPE」と印刷されていると共にぶどう葉型の窓から内容物を見ることができるようになっているのであって、これらの事実を考えれば、本件A箱、B箱の「巨峰」「KYOHO」の各文字は、客観的にみても内容物たるぶどうの商品名の表示と解するのが相当である。右認定に反する証人【H】の供述は、内容物の表示と、包装用容器の出所の表示の差異を明確にしない点で採用しえない。
他に以上の認定を左右するに足る疎明資料はない。
四、要するに本件A・B各段ボール箱に表示された「巨峰」「KYOHO」の標章は、その客観的機能からみても、又これを製造している被申請人の主観的意図からみても、内容物たる巨峰ぶどうの表示であり、包装用容器たる段ボール箱についての標章の使用ではないというべきである。しかりとすれば、被申請人の別紙目録記載の物件の製造販売は、申請人の本件商標権に対する侵害行為を構成するものとは認められず、他に、別紙目録記載の物件が、申請人の本件商標権の侵害物件であることを認めるに足りる疏明はない。
五 よって爾余の点について判断するまでもなく申請人の本件仮処分申請は被保全権利の存在の疏明がないので失当として却下すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

